お寺の現状とゆくえ


みとら 第7号 -2006年夏-
数字から見る現代日本[3]
お寺の現状とゆくえ
宗教考現学研究所 此経啓助


 日本仏教が葬式・法事などの葬祭を主に営んできたことから、しばしば「葬式仏教」と揶揄される。まず、ここではその是非は棚に上げて、それがはたして数字で裏づけられるものかどうかを見てみたい。
 (グラフはクリックして拡大できます)


 図表1「寺は自分にとってどんな場所か」(一九九九年、対象=六〇歳以上の既婚男女六〇〇名、回答者=五八〇人)は、ライフデザイン研究所の主任研究員・小谷みどりさんがまとめたデータである。このデータ等を詳細に読み解いて、(財)全国青少年教化協議会主幹・神仁さんは「僧侶とお寺のゆくえ」(同協議会編『せとぎわの仏教』鎌倉新書刊・所収)という現代仏教に警鐘を鳴らす貴重なレポートをまとめている。データは同書から引用させていただいた。回答が一番多いのは「お葬式や法事をする場所」で、それに三番目の「お墓や位牌などを管理している場所」を加えれば、一目瞭然、お寺は文字通り葬祭の場所である。

 念のために、曹洞宗宗務庁が調査した『都市檀信徒の宗教意識』(一九九三年発行)から図表2「寺へ行く理由」を見てみた。これは東京都内の曹洞宗檀信徒を対象にして、「一九八〇〜一(昭和五五〜六)年度と一九八七〜八(昭和六二〜三)年度、およびその後の補充調査に基づく報告」である。この調査結果もまた「葬式・法事への参加」がダントツで、世間でいわれる「葬式仏教」が数字からも裏づけられたことになる。

 一方、回答率は少ないが、お寺の本来の役割である仏教信仰や仏道修行が檀信徒からまったく忘れ去られている訳ではないようだ。図表1のお寺が「仏さまを拝んだり、祈願する場所」と「仏教を学んだり、修行をする場所」は回答率二・四番目にあり、それらに相当するように、図表2の「寺の行事に参加」と「座禅をしたり法話を聞きに」が二・三番手にあって、お寺の本来の役割が檀信徒から忘れられていないことが分かる。

 図表3「近くの寺で参加してみたいイベントや催事」(小谷みどりさんの調査)は、特定のお寺の檀信徒としてではなく、一般の人々が参加を望む「イベントや催事」がどんなものかを明らかにしている。神仁さんは先のレポートで、このデータの人々が「仏教的で抹香臭いことよりもむしろ、地域社会の中での相互交流の場・勉強会なども含めた文化センターのような役割をお寺に期待している」と分析している。お寺が「文化センターのような役割」をになうためには、お寺を地域社会に開放する必要がある。小谷さんの調査では、「そう思う」が56.9%、「まあそう思う」が32.8パーセントである。また、筆者が調査に参加した『私にとってのお寺』(二〇〇〇年、「21世紀の仏教を考える会」刊行)によれば、全国から寄せられた意見書簡一六七通が望む「寺院改革ベスト5」は以下の通りである。

 @お寺は今日の生き方を教えてほしい。
 A寺院を地域に開放しよう。
 B僧侶の所行(おこない)を正せ。
 C檀家制度は改革すべき。
 D葬儀・仏事のやり方に工夫を。

 ここまで「お寺の現状とゆくえ」をいくつかの調査データから探ってきたが、最後にそれらの支柱となる「僧侶への期待」(図表4)を見てみよう。これは先の曹洞宗宗務庁の調査結果である。報告者は「生活の手本」「仏教の教えを説く」「相談相手」などのあるべき僧侶へ期待する人に対して、「何も期待しない」3割近くの人を「変革よりも従来通りの葬式・法事を中心とした伝統の維持を期待する人」としている。しかし、『私にとってのお寺』のある匿名希望者は、「今日も、お寺に住職に、大きな疑問を抱きつつ、今日も住職の傍らで、御先祖様に手を合わせている私がいる」と述べている。



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