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円周率ってなんだ…
円周率を3にして算数が好きな子供が増えたか…。画一教育の最たる方向である。次は、小学校5年生に英語教育をするという…。文化の本質を理解しない語学教育などありえない。一方で、円周率を1兆桁まで演算した数学者が言う「こういうことが世の中にすぐに役に立つかといえば…」と。人間型ロボットは、一見して自動車開発とは縁がない…。
多くの子供たちに興味を持たせる、研究成果を素早く社会に還元させる…教育や学問のそのような方向に全面的に異論を挟むつもりはない。しかし最近、「機会均等」の名の下に教育が「画一的」に行われ、子供の学力レベルはますます下がる。その結果は大学生にまで及んでいる。そして、その大学では「学問の社会活用を…」の呼び声の下に小手先の研究成果を急がせ、基礎研究軽視の傾向が著しい。これでは有為な人材は育たない。
二〇年前、筆者は比叡山麓の朽ちかけた堂宇から大量の古文書を発見した…。刹那に保存・整理が使命と悟った…そして、今年ようやく三冊目の資料集を刊行できた。保存は時間と導入人数との戦いである。ここに足を踏み入れた学生は延べ200人をくだらない…。彼らは劣悪な調査環境の中で、異口同音に「楽しかった」と言い卒業した。その多くは研究職には就いていないが、「楽しい」と評した彼らはそこに学問の本質を見たと思う。社会還元とは、彼らのような経験者をいかに多く世に出すか…ということと確信する。
明治の高僧福田行誡はいう、「元来、世法と仏法は仲が悪きもの…」またいう、「釈尊は世のために法を説いたか…」と(『仏法と世法』)。激動の明治維新にあって、仏教を世のため説くべきであるという安直な考えに再考を促した名言である。僧たる者、仏法の追求を中心に置き、いたずらに世間におもねるべきではない…と。
本質を見ない教育風潮や、基礎を軽んずる研究傾向は、国家の方向を危うくする。
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